PR

僕は国を食いつぶす白蟻(りんしょうい)

日記・雑記

✅社会全体としてみたときに

医師が社会貢献できるのは生産年齢人口のパフォーマンス向上と生産年齢の引き伸ばし。
助けた人間が生じる生産力こそが医師の社会貢献だと信じていました。
どんなに意義や外面が美しくても助けた人間が結果社会にぶら下がってしまえばマイナス。
社会にぶら下がらないようにするように助けるのが理想的。
で、臨床医時代の自分。
パフォーマンス向上に関しては多少貢献できていた可能性はあるものの、やはりトータルでは余裕でマイナスでしょう。
特に臨床医としての自分は生産年齢を引き伸ばす方向には寄与できていなかったように思えます。
生産年齢人口から(大きく)外れた人間に際限なく医療資源を突っ込んでいる自分…は嫌いだけどまだいい。後述する制度が古いだけで誰も悪くはないから。
ただ(下手すると悪意を持って)社会や制度にぶら下がっているではないかと疑うような人間に医療資源を突っ込む自分は本当に大嫌いだった。
疾病利得を得ようとするのが見え見え、診断書の内容に不当に口を出してくるような奴から
入院している間は会社から保証が出るから期間を伸ばせと平然と口にする奴まで
そんな人間は本当に嫌いだったけど
それと同じくらいそんな人間の治療をしてお金をもらっている自分も同罪。社会のお荷物。寄生虫のように思えた。
自己肯定感が上がるわけがない。

✅僕は国を食いつぶす白蟻(りんしょうい)。

そんなことしていたら臨床医って
頑張れば頑張るほど(トータルで)国を傾けるシロアリみたいな奴だと感じるようになりました。
理想は
1人が生涯で払った社会保険料≧1人が生涯で使用した社会保険福祉サービス料
になれば良いのでしょうが、現実は逆転。
これは昭和の時代、金がありあまり人口増加が見込めた高度経済成長期に作られた社会福祉制度の構造がそのまま維持され、平成~令和への年齢構成の変化および長寿命化に対応できてないためなので致し方ない。
仕方がないけれども…
その構造故に臨床医は頑張れば頑張るほど自分は(医師は)制度的にマイナスの成果を出してしまう。
頑張れば頑張るほど制度崩壊を加速させるのにその制度にぶら下がって仕事をしているのが臨床医としての自分。
金銭的に恵まれた高度経済成長期に作られた社会福祉制度の構造が過剰な権利意識という呪いになって勢いを失った未来の国を蝕むという構造は
外国人労働者を用いたリン鉱石の採掘で得た金銭で過剰に国内福祉を拡大した結果鉱石の枯渇と共に崩壊、働く必要がない意識という呪いを持った国民だけが残ったナウルに通じるところがあるように思えます。
当時のナウルでは公務員くらいしか自国民の労働者がいなかったと言われているけれど
彼らは僕と同じように自分たちが維持する制度が国を蝕んでいると感じていたのだろうか…。

✅まとめ

自分は臨床医として働いていたころ
上記のように自分自身が国を、制度を蝕んでいるのではないかという自責の念にかられ
心を病んでしまいました。
悪人と結託して未来につなぐべき種籾を巻き上げているような感覚に耐えられなかったのです。
いま、臨床から離れてようやく精神的に少し元気になって過去の自分がしんどかった理由に向き合い、こうして書き出してみたのですが
自分の考えを文字にしてはっきり
やはり根本的に自分は臨床医に向いていなかった。
この先も戻ることはできないと確信するに至りました。
自分のやっていることが正しいと盲目的に信じることができるか
逆に制度と自分は関係ないと割り切ることができなければ、どんな科を選んだところで結局同じ道(労務不可)をたどるでしょう。
矮小で非才な自分に今の現状を変えられるとは思っていない。しかしせめて自分を守りたい。
臨床医に戻れないならどうやって生きていこうか。
生きていかなきゃいけないのでやることはいっぱいあるけれど、
臨床している時に比べれば相対的には無限の暇があるに等しいのでこれからは少しずつそこに向き合って見ようと思います。
それでは。

コメント

タイトルとURLをコピーしました